コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

サバサバしてるけど、愛情はしっかり

f:id:kuchikosan:20171120235631j:image

 

「もう、鍵返して」

その一言から二人の関係は脆くて危ういものになっていたのを本当は気づいてた。日々、見て見ぬ振りをしながら、好きな男の前で従順なふりをして身を焦がしてたよ。

 

少しずつ守ってきたものを自分で壊し続けて、その終着点もわからないまま、気づいたら一人になってた。何かを埋めるように始めた出会い系サイトは、意識が高くておしゃれで、かっこいい男の子ばっかり。

「可愛いですね、かっこいいですね、ぶっ飛んでますね」って代わり映えしない言葉が行き交う中で、空っぽのバケツは溢れることないまま無情な好意を取り込んでた。出会い系サイトの男はみんなジャンクフードみたいに美味しくて、体に悪かったよ。

 

 

毎日、知りもしない人間のカードがたくさん割り振られる。

美大生、ドメブラ大好き大学生、映像系、カメラマン、クリエイティブ系、ストリート系(ラッパー)、美術系、サブカル系、選り取り。

どれだけやりとりを重ねてもワタシは出会い系コンテンツとして消費されて行くばかりで、質の悪いジャンクフードはクドくて美味しくなかった。

 

そのカードの中に、あの人も埋もれてた。何気なく写真を見ては「雰囲気がいい」というそれだけで、アクションを起こした。簡潔に並べられた言葉には、写真を撮ることや真剣な出会いを求めることなどが記されていて、「あっ」と思ったその瞬間は気にも留めなかったよ。

 

それからというもの、その男性からとても丁寧な連絡が届いた。そこに記されていた内容でいま記憶にあるのは「言葉が好き」、ただそれだけだった。

急に興味が湧いて、彼のプロフィールを覗いたそこに書かれていた言葉は「サバサバしてるけど愛情はしっかり」だった。

 

その羅列に一瞬で体の内側にあるものすべてを掻き乱された感覚になって、深呼吸をする暇もないまま、投げられた言葉に対してワタシの一部を投げ返した。

 

彼とはのらりくらりと、やりとりを重ねていた。丁寧な言葉の羅列や心臓を引っ掻き回されるような感性に、少しずつ関心を抱いちゃったね。

出会いかコンテンツに溢れるジャンクフードみたいに辛辣な態度はどうしても避けたくて、怠惰な姿勢が拭われることはなく、その頻度は両手でも足りすぎちゃうほど数えるものばかり。

 

ある時はふと、彼のプロフィールをもう一度眺めていた時に新しい発見をしてしまった。キャップを被って、Tシャツとデニムの何でもないラフな写真。その無骨な腕には、ありとあらゆる何かが描かれていた。

「とても真面目で、正しく、心をかき乱すほど丁寧な言葉を持ってる誠実な男が、すげえ勢いで刺青入れてる?」

 

あの時の驚きは凄まじいものだったよ。出会い系という限られた情報社会の中で、彼を象る物は言葉しかなかったから。人の言葉に対して、こんなにも心臓引き抜かれるほど、息ができないできないくらい魅了をしてくるような男は正しく誠実で、舞踊家のような人間だったのに。

 

忘れもしないよ、思わず彼に「お兄さん実はゴリゴリ刺青入ってるんすね 笑」って言っちゃったこと。

 

単刀直入に言葉を述べるなら、「すげぇ面白いやつかよ」って思ってた。言葉が好きなワタシが、何でもないただの男の吐いた一部に、どんどん掻き乱されて、もう始まってたのかもしれない。本当はずっと

 

それからしばらくして、彼からの連絡を返そう返そうと思いながらも億劫な性格で、返信を怠っていたら、仕事帰りの三鷹駅で確認したそのやりとりに彼のプライベートな連絡先が書かれてた。

 

今度よかったら、ご飯でも行きましょうよ!と言った旨も記されていて心の中で「ラッキー」って思ってた。

 

初めて会った夜は西荻窪の駅。待ち合わせの時間より30分も早く着いた彼はドトールでタバコを吸ってた。ワタシが駅に着くと、お互いなかなか出会えなくて、迷子になったりして。ドキドキしながら駅で待っていたその時、あの人はワタシを見つけた。

緊張でうまく息継ぎができなくて、「青い猫」というお店に案内するまでの道のりさえも覚束なくて。彼は少し困ったように「え?」って笑っていたのも覚えてる。

 

狭い店内に2人、奥の席に敷き詰められて。お酒があまり強くない彼が、どれほど飲めないものか知らなかった。2人でビールを飲んで乾杯。トマト缶で豆を煮たようなお通しを彼は気に入って、「うまいな」って食べてた。ワタシは豆があまり好きじゃないけど、美味しいって言いながら食べる彼を横目に「美味しい」って場の空気に流されながら、口に運んだ。

 

何を喋ったかさえ、よく思い出せない。口を噤んでしまうと彼は「あはは」って笑いながら、「静かになっちゃったよ」って場の空気を和ませてくれた。実際にあった彼の印象は、無骨で寡黙な人というよりもずっと、楽しくて快活で、子供みたいな人だったよ。

ふとカバンの中から、綺麗に包まれたプレゼントを取り出して、渡してくれた。本を読むワタシに向けてブックカバーと素敵な香りがする匂い袋をプレゼントしてくれた。そして彼の読んでいたという本を「貸してあげるよ、読み終わったら絶対に返してね。そしたら次も絶対、会えるでしょう」って言われてドキドキした。

 

それからしばらくほろ酔いでお店を出ると、西荻の駅周辺を練り歩いた。写ルンですで2人の写真を撮ったり、何気無い写真撮られるその瞬間は、なかなか慣れなかった。寒いでしょ?って貸してくれたグレーのパーカーは意識が高い匂いがして最高だったね。

 

しばらく歩くとファマレスが見えて、2人でそこに入った。彼はラーメンのチャーハンセットを食べてるものだから、あまりにもお腹が膨れて、「もう絶対にご飯食べられない」っていってた。

「しおりちゃんって面白い子だね」って、力強い眼差しで私を捉えて離さないから、うまく目を見ることができなかった。

 

続く 

 

f:id:kuchikosan:20171120235703j:image