コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

泣くことも、引き止めることも、何をすることもすべてダサいって分かってる。
悲しいときは涙が出るし、手放したくないものは幾らでもある。それがどうしてそこまでして手放したくないのか上手く説明は出来ないけど、きっと日々の積み重ねの中で深いところまでその魅力が刻まれていってる証拠だ。

二人が一緒にいるということは、二人の気持ちが少しでも同じ方向を向いていることが大事だと思う。不安になればなるほど、相手は自分と真逆の方向を向いているのに無理して一緒に居るんじゃないか?って考える。でも、持ち帰ってよく検討してみれば一緒に居たくない人間と、逆方向を向いている人間と、わざわざ共に生きるほど他人は余裕もクソもない。嫌だったら誰だって「嫌だ!」って言う権利も利口さも兼ね備えてる。無理して他人と一緒に居るほど馬鹿じゃないことを知っていたのに言葉はぽろっと出る。

実家になんて絶対に帰りたくないし、好きな人と一緒に暮らしていたい。
「疲れたよ」の一言が気持ちに拍車をかけて、どうにも出来ずに真夜中の道路に跪いて突っ伏していた。春の匂いはしても、真夜中はまだとてもじゃないけど寒くて凍えてしまいそうになる。冬はまた足踏みしてるよ。
鼻水は止まらなくて、芯まで体が冷える。どうにかしなくちゃいけないという考えよりも先に、彼を苦しめている自分に対して嫌気がさして限界を感じて逃げてしまいたいと思った。そうしたいじゃなくて、そうした方が貴方にとっていいの?と問うように「私がこれ以上貴方を苦しめるなら、貴方の前から居なくなるよ」と言ってしまった。それは本当に腹立たしく思う言動だと思う。
「別れたい?」って聞かれることほど腹立たしいものはない。別れたいと思っているならさっさと口に出して言っている。

別れたくないから一緒に居るし、好きだから同じ布団の中で体温を交換し合って眠っている。


眠って目が覚めてもどうしたって名残は多少ある。取り敢えず頭が動かなくても身体を動かせば勝手に事は進むし、時間も経過する。やらなくちゃいけない事はたくさんあるので其れ等を片付けていかなくてはいけない。
何も嫌じゃないし、何も無理じゃない。ただドロッとこびり付いた得体の知れないものが頭の片隅にほんの少し残っていて、それが気持ちを沈ませてるだけで身体は動かせるよ。
そんなしょうもないものに邪魔されて、やらなくちゃいけないことを放棄するほど腐っていられない。