読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

悲しみが一番に優しい

あっちゃこっちゃ

他人のふり見て我がふりなおせ。

 

みんな敵で誰になんて言われてるかなんて、君にも私にもわからない。

気分は最悪。頭は働かない。

将来のことは考えられない。フェイスブックでは見えない社会のレールにひしひしと踏み殺される。いつまでも君の辛辣な言葉並べは頭の中から離れられない。もうほんとうにどうでもいいのに。

 

頭なんて働かない。言葉なんて溢れない。死にたいなんて分からない。

 

今すぐ家を飛び出して剃刀を買って、いそいそと腕を切って悲しみを演出して、私はどこかの誰かの中で最高に悲しいひとになりたい。心配してほしいって。そんなことは本当に面白くない。

どこかでずっと様子をうかがってる。いつ殺そうかって様子を伺ってる。過去は尊い。

 

 

 

久しぶりに彼の写真を見たら、髪の毛はだいぶ短めにカットされ少年のような姿に。日本にいるよりもずっと良い顔をして遠くを眺めている。暑いばかりにか、少しズボンの裾を折り曲げて大きな遺跡のなかにちょこんと座るその姿は小人だ。見ないうちに少し雰囲気が変わって、互いの時間が少しずつ流れ始めている。もう、彼は私のものではないし、私も彼の物ではない。「おかえりなさい」って祝福をしておしまい。

 

久しぶりに中学の同級生と顔を合わせる。「元気にしてた?会いたいね」のテンプレート。彼女のフェイスブックには楽しそうに笑顔を浮かべながら、ディズニーランドでミッキーの耳カチューシャをつけて楽しそうに微笑む。大学を無事に卒業して、新卒一年目。新社会人。社会に向けて顔向けできる武器はある程度取り揃えている。ふりかざしたその武器と無垢な笑顔で快活に人生を。

「生きてるだけで幸せだもんね」「そうだね」

社会に顔向けできる武器は何一つ持っていない。腕は傷だらけ、頭の悪さを露呈する手首のタトゥー。舌にはピアスを開けて、髪は刈り上げて。汚い日本語を吐き捨てて、今日も死にたいですって顔して生きてる。

表向きは笑ってる。「生きてるだけでオールオッケー」ケミカルでもキメとく?

 

教養なんてないし頭も悪い。自分の都合の範疇で世界は動いているから、いつもミラクルハッピーで気づけば世界はどん底に突き落とされていく。

 

全部 ダッセー。

 

あの子は結局駄目だったなんて、笑われても、笑われても、私はここで虫の息だ。

それにしても、あいつは私が生きてるか死んでるかなんてクソほどにどうでもよくて、みんな自分の人生計画に大忙し。心苦しい世界の中でもがきながら多くの人々に愛されて、手の届かない無い物ねだりにもがき苦しみながらけろっと生きてる。気持ち悪い言葉並べて投げ込まれる慰めの言葉なんていらない。

 

抱きしめてほしいだけ。こんなに醜い私でも何も言わずに抱きしめてキスしてほしい。あの時みたいにケミカルをキメながら「腕、ざらざらしてるね」ってキマった顔して私を愛でてよ。セックスとか愛とかどうでもいい。そんなものは欲しくない。

何が欲しいかは分からないし、本当は分かってるのに悲しい人でいたい気分だから種明かしはしないよ。だってそういう時もあるでしょ。「ねぇ、こっちおいで」鬱陶しい。本能的に生きて滅びたい。

 

うそうそ 本当はハグもキスもいらない。絶対的被害者である権限と、絶対的な安心と絶対的な肯定が欲しい。同じ言葉は一回で十分だから。

「恋人作れば?」ばっかじゃねーの。ふざけるなよ。馬鹿にするのもいい加減にしろ。

 

「新しく、いい人を見つけてね」うるさいよ。あたしはいつだってずっと、そんなものに寄りかかって生きていくほど、足場のぐらついた世界で、いつ崩壊するかもわからないものにウェイトをかけて生きていたくないでしょう。「君はひとつひとつの物事に対して深く考えすぎて、自分の心を閉ざしてる」考えることを放棄して、本能的に開放してしまったら私はどこまで墜落してしまうでしょうか。

恐ろしい。見ず知らずの男に人権を踏みにじられ、罵倒され、それでも穴であることに跪いて頭を床に擦りつけて感謝する人生。そんな形でもいいから、誰かに必要とされたい。好きと嫌いが100と0しかないこの世界で泣きわめきながら、納得のいかない物事に対して悪態をついてすべてを放棄する。何かに期待して、負のアクションを起こすために刃物を腕に当てて力を込めて引けば血が出る。深く切れば切るほど、どこまでも飛んで行けそうな気がするよ。そうやって何も考えずにゴールのない安心と不幸の淵をなぞるように歩く人生なんてまっぴらだ。

 

死ぬ時くらい

幸せに死なせてくれ。私のプライドを傷つけるな。

 

 

そんなに私は、面白おかしい人間として生きることはできないし、最終的にゴールを目指して疲れた足を引きずることが正解なのかさえ分からない。

 

何を言っても、どこかで彼にずっと責められてるような気がする。私がどう生きようが、彼が何をしようが、もう私たちは友達という赤の他人なのに彼はずっと怖い人だったんだよね。正論という兵器で私の心を修復不可能にしては、そこから立ち上がってくる様を高みの見物をして、身動きのできない瀕死の私に追い打ちをかけるように、唾を吐き捨て飽きれたような顔を浮かべると失望の眼差しで自分の行くべき道へと歩いていってしまう。

 

ほんとうにずっと、どこかで私は誰かにとってのダメな人で。

そこから這い上がる力さえも残っていないという話、それは誰かによって吐き捨てられる正論にかき消されてしまうし。

私の自意識や感情や、どうしようもない消化されないものは、息絶える場所をずっと探してのにうまく見あたらない。早く死に場所を見つけて、楽になりたい。自分の過ちやすべての事柄に追いやられて生きるくらいなら、この世から離脱してしまいたい。生きてることが正解だなんて、そんなものは一体だれが決めたんだ

 

いつだってどこかで、そんな一過性の幸福よりも、悲しみが一番優しいのは知ってる。