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コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

生きてる

実家は優しくて暖かい
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家族は少し距離を置くと仲良くなれる。私たちはやっと、仲の良い他人になることが出来た。
隅々まで整頓された自宅。当たり前のように食卓に並べられる美味しいご飯。家族の声。我が物顔で寝そべる猫。たまに帰れば「お夕飯はあんたの好きなものを作ってあげるよ」って、料理を振るってくれる。「仕事はどう?ちゃんとご飯食べてるの?」心配をしながらも背中を押してくれる家族の優しさがある。

昔は家族が大嫌いだった。世界で一番憎くて、苦しくて、諸悪の根源だった。もがいて、逃れようと必死に逃げ惑っては躓いて沢山傷を作った。
誰かを悪者にすることによって行き場のない感情を消化していたのかもしれない。

家族だって私自身だって、きっとみんな苦しかった。お互いがどんな風に歩み寄っていいのか分からなかった。何かを解決しようと必死にももがけばもがくほど、絡まった糸を解こうと思えば思うほど、その努力も虚しく、グチャグチャに絡まって収拾がつかなくなっていく。

例えばある問題がそこに起こっているとしても、強い問題意識を持って取り組もうとすることだけが解決策じゃないんだ。事を荒立ててしまうこともある。少し距離を置いて、問題意識を捨てて、そっとしてみるのも良いかもしれない。
和解や解決だけが正解じゃないんだ。そればかりに気が追われて、大切なことを沢山見失って、いろんなものを引っ掻き回して、自分自身をどんどん生き辛くしていくばかりだった。


「治療しよう」自分の抱えているモノに対して混沌とした感情を抱いて、「治さなくては、どうして治らないの?」いつもそんなことばかり考えて。ゴールの見えない戦いに疲れ果て、気力も何もかも失って、悲しみに歩み寄るばかり。
本当に大切なことは病気を「治す」ことじゃない。もっとシンプルに「躓いても、失敗しても大丈夫だよ」って自分自身を肯定してあげることなんだ。
そうやって、上手に自分と付き合っていくことが大事なんだと思う。



いま私はとても元気に暮らしています。日々の中で辛さを感じることや、不安に苛まれて死を意識することも多々あります。それでも、当たり前のような顔をして必死に日常を刻んでいる。もう、躓くことを恐れないように。