コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

華金多幸

最高の華金を過ごした。

 

先週の華金はビールを飲むぞ!と意気込むも、一人で日高屋に立ち寄り飯と餃子を食って無事に家路へ。お腹おいっぱいになってビールを飲む元気もなく、一人で休日前夜の夜をしっぽりと楽しみながら過ごした。

 

翌週の華金。昨日は友達と飲む約束をしていたのだけど、せったくだからと思い彼氏に声をかけてみたもので。「今日会いに行ってもいい?」と連絡を入れてみれば「たのしみ!」という旨のスタンプが送られてきた。当初の予定を変更し、彼のもとへ駆け出すと言わんばかりにハチ公前で待ち合わせをしたんだ。

彼はとても忙しくて、今の仕事を心から楽しんでいる反面、休みのない日々に疲弊しながら健気に頑張っていた。日々の中で思考する努力の源が実って業績をしっかり残しながらスキルアップに励んでいる姿はかっこいい。

二人で行き当たりばったりのように渋谷から下北沢でふらっと降りる。駅前を何度もぐるぐるして、どこに入るでもなく歩き続けた。良いお店に出会うこともないので、このまま明大前まで行こう!という話になり、ファミマでビールを買って飲み歩く生ぬるい夜は最高だったね。

「疲れた?元気出た?」と気にかけてくれるその言葉一つとっても、彼との過ごす時間は多幸感に溢れている。一年半の間で様々な時間を共にした私たちの色は、まだ瑞々しく鮮明な輝きを忘れていないみたいで、安心感と心地よい緊張感がある。愛してるし恋もしてる。

明大前までつくと各停に乗って彼の家へと帰る。電車の中でたわいもない話をしながら、あっという間に駅に着いて。「何か食べる?」と二人で相談をしながら、近くのお弁当屋さんでチキン南蛮と油淋鶏弁当を買う。ビールを飲みながら出来立てのお弁当を頬張り、のんびり二人の時間を過ごす。

 

本当に痩せたね、頑張ったねと彼はわたしを優しく抱きしめてくれるので心地が良い。「お仕事お疲れ様」とお互いを労って、くっ付いたり離れたりする時間は、このために生きてるのかと思うくらいの多幸感がそこにあるんだ。

抱きしめて良い?って、気が向いた時に近寄ってくる姿や、ふいにキスをしてくるいたずらっ子みたいなところも好きだな。

 

一人の夜も最高だけど、やっぱり愛してる男と過ごす夜はすごく幸せだ。どこに行くでもなく、なんでもない日常の延長線上を二人で刻んでいるだけで立派なデートだと思う。どこか行かなくてもいい、安心できる家の中で、互いの時間を刻みながら、気が向いた時にキスをしたりお酒を飲む程度の過ごし方が一番心地よくて幸せだ。

 

ほっといてくれよ

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雨が深々と降っている土曜日だな。外は湿気に包まれて、地面が濡れていることにも気づかずに意気揚々と洗濯機を回して失望してた朝。雫が地面にぶつかる音は、わたしの耳に届かなかったのか。

 

あんなに楽しみにしていた休日は何もすることがないし、どこにも行くところはない。友達に紹介してもらったスペイン料理のお店に行く予定があるけど、腰が重くてどこにも出かけたくない。今の仕事と平行して副業を始めるなんて自分には荷が重すぎて断ろうとしたけど、人が足りないというバングラディシュ人の押しに負けて土日だけ出勤することになったかもしれない。行きたくないな

 

いまの会社はライター志望として入社した。いざ仕事を始めてみると業務内容と言えば主にウェブディレクター。会社で請け負っているサイトの運営をする仕事だった。サイト内に載せる記事を調査して、どういった流れでやって行くか思案する仕事。それでも自分が与えられた仕事をまずはこなしていこうと奮闘するうちに、今後いまの業務でどういった目標を持って仕事を遂行するべきなのかというビジョンが最近少しずつできてきた。

上司もわたしの向き不向きを考えながら仕事を振ってくれるので、持っている武器とまでは言わないけど、自分の術をより磨けているように感じる。ウェブディレクションの業務といっても、主に上司が設立した運営サイトのお手伝いばかりだ。それでも自分が手をかけて行った小さな実績でサイト自体に動きが現れるのは面白いんだよね。主に文章の構成をしたりブラッシュアップを手がけるのがいまの業務。些細な業務の中にも細かいディテールにこだわることによって、サイトの運営を促す鍵がたくさん含まれている。将来的に自分がひとつのサイトを受け持つようになった時に心得ておくことばかりで毎日勉強になるんだ。

 

そんなある日、休憩時間の喫煙所で他の上司たちが不平不満を口にしていた。その対象となる人物はわたしの直属の上司。確かに彼女(上司)はかなり問題のある人間だと思うし、それが原因で何人かの人間がやめてしまうこともった。わたし自身も上司のことで頭を抱えて、業務中に泣きそうになったこともある。でも彼女は間違ったことばかり言ってるわけじゃないと思う。

わたし自身も喫煙所に屯ろした上司に彼女のことで「大丈夫?」と声をかけてもらい、話を聞いてもらったことがある。不平不満もぶつけた。しかし上司の業務遂行に対するプロセスに対しては何も不満はなかった。それだけ真剣に取り組んでいるからこそ、会社の中で一番大きな実績を残しているのは事実だと思う。なあなあでやっている人たとに彼女の業務形態に対して何か文句を言える立場じゃないのになって感じた。

もちろん喫煙所にいる上司たちがいう、彼女への不満も一理あるところはあるんだ。彼女のやり方は少し強引だし、傲慢さもあって部下がついていけない。自分一人で全てのプロジェクトを立ち上げてしまったせいか、チームプレイがうまくできないところがある。改善した方がいい点や、社内の多くの人間が問題視する部分は多少あれど、あの人の強みはしっかりと結果を残していること。

「結果がそんなに大事なのか?」と言っていたけど、仕事で大事なのは結果じゃないのかな。会社に貢献して業績を残し、結果を残すことを目的として日々思考を凝らす。もちろん過程も大事だけど、その先に明確な目的や結果を立てないと、ガムシャラにやっているだけじゃ次のステップには進めないんだ。

 

その悪口大会は直属の上司を心底人間として否定するような物言いに発展し、みんなでこっそり共有して笑っているみたいで気持ち悪かった。

そこにいた人たちも上司も、みんないい人だけど、みんなが嫌いになりそうだった。

だってしまいには彼女が持病で拗らせている喘息の咳き込みに対しても「うるさい、業務の支障になる」って言い出し、すごく悲しくなった。彼女の直属の部下として働くわたしに対して優しく声をかけてくれたその人の意図は、悪口大会に引き込んで味方を増やしたいだけだったんじゃないのかさえ考えた。

正しいことは正しいと、時には武器を持って一緒に戦ってくれる味方だと思ってたけど、検討違いだったのかな。彼女の下では働く人が可哀想で心配だという気持ちの裏側に自分自身が相手に対する「嫌い」という気持ちが透けて見えてた気がした。大人なんだからもっとうまく取り繕ってほしかった。助けようとしてくれる気持ちの裏側に、自分の個人的な感情が八割含まれているくらいなら、助けてくれなくていい。

わたしはわたしで自分なりに歩けるので、その界隈に引き込んで巻き込むなよって話。

 

すごくずるい話をすると、悪口を言っていた人々は結局のところ違うプロジェクトの人間だし蚊帳の外だから好き勝手に吐き出せる。でもわたしは現に当事者として彼女から様々なことを教わっているし、蚊帳のど真ん中にいるんだ。いつも気が気じゃないし、怯えてるし、嫌なところも良いところも、誰よりもたくさん目にしてる。立ってる場所があまりにも違いすぎるのに同じ場所に引き込まれたら、わたしの立場もなくなる。事を荒立てないように、今やるべき事を吸収できればそれでいい。

わたしは大丈夫なので、あの、なんかもう、ほっといてくれませんかって感じ

遠い愛情

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いつまでもずっと手が届かないところにいるなあ。ずっと一緒に居ても、その美しさに目を凝らして眺めていることしかできなくて、自分にはあまりにも勿体のない生き物なのじゃないかって時々考えるよ。でも、それは会えない時間が育んでいった貴方への偶像でしかない。本当はずっと弱くて、ちっぽけなところもあるのに。私の中ではずっと大きくて立派で強い生き物のような気がする。

でも、痛みも悲しみもあまり見せてくれないよね。本当に必要な時は一人で隠れて巣穴に逃げ込んでしまうみたいに。それは、自分の無力さを突き付けられているみたいで苦しい気もするよ。本当の弱さを見せることのできない存在なのかな。まだ、どこかで距離があるように感じる時がある。一生知ることのない何かを隠し持っているようで、それはものすごく繊細で誰かに見せびらかすようなものじゃない。本当はそういう柔らかいところを触りたい。

たまに本当に、あの人が何処で生きているのか分からなくなる時があるな。人が何を見て、なにを考えているかなんて、他人に理解することなんてできないけど、そういう次元を飛び越えて何処か遠くに行ってしまう時がある。それは少しオカルトっぽい表現になるけど、どこか病的で、人が壊れる寸前の音がするような気がする。本当に壊れてしまわない為の防衛なのかもしれない。

 

「ごめんね」っていう言葉を最後に連絡は途絶えて、なにも分からないまま私は待つしかない。駆けつけることも、事の真相を突き止めることもしない。本当に心配だったら電話でもかけてる?こういう時の正解が私にはわからない。元気づける道具を何も持っていない。ただ、日常のどこかでふと「大丈夫かな」と何度も連絡を待っているだけ。今やるべきことは帰ってくることを待つことだ。私は薄情な女なのかもしれない。決していい女ではないし、常々そのことは周りの人間に口酸っぱく言われている。容量が悪いことも含めて知り尽くした顔で、なにも期待することなく時間を共有してると思う。それはポジティブな意味でね。この言葉を付け加えれば、なんでも物事はいい方向に進む気がする魔法。

何処で生きてるんだろう。一人で泣いてないかなって心配しても、でも心配は誰にでもできるって言葉がずしんと心の底を突いてくる。きっと心配も愛情も全部「エゴ」だって考えると言葉に詰まるし、何もせずに淡々と時が流れていくのを待つことしかできない。

いい女ってこういうときどうするんだろう?でも、他人だったらこういう時どうするのって考えはあまりにも自我がなくて、甘えてるばかりだ。

まだまだ自分は弱い人間だから人の痛みを包み込む強さは何処にもない。きっとそれを理解したうえで、あの人なりに消化して生きてる。だから、いつも楽しいと嬉しいと幸せがそこにあんだけど、それはあまりにも完璧すぎて時には寂しいっていう感情が芽生える時もある。

 

ある時、昔の恋人に会ったときの話なんだけど。あまりにも仕事のストレスにもまれて、酒の席で思わず疲れた顔をしたとき

「そんな顔、彼氏の前で見せちゃダメだよ」

って言われたときに大人ってすごいなって感じた。ああ、こういう疲れた顔とか悲しい顔は好きな人に見せちゃいけないんだって。今まではずっと痛みを知ってほしい、その傷を癒せるのは愛している人だけでしょ?って期待を込めて人と関係を築いてきた。でも、本当は楽しいとか好きとか面白いって気持ちが、そういう色が、一番に人を輝かせるはずはずなのにね。

例えば疲れた顔をしても、それは理性的であるべきなのかな。上手に吐き出したり、弱いところを見せることが大切なのに。何も考えずに理性を取っ払って吐き出されるマイナスは、本心であると共に、時には暴力的なものへと変わってしまうでしょう。

だからもっと賢く自分の痛みを武器に他人を利用するべきだし(すごく嫌な言い方だけど)、そうすることで、光が見えるその先へのゴールが見えてくると思う。でも、まだ私は不器用な部分が邪魔して上手く痛みを働かせることができない。「疲れた」ってただ一言で全振りして、深い眠りへと逃げ込むみたいに。それじゃ誰も手を差し伸べる余裕すらそこに与えることができない。

自分じゃ処理しきれない感情にぶち当たったときに、賢く痛みを発信できる人はロボットなんじゃないかな?って思う。ロボットみたいに壊れたら修理すればまた動くし、きちんと決まったマニュアルがそこに存在しているみたいにさ。機械じゃないから修理を施すときのマニュアルはどこにもないし、数うちゃ当たる戦法でぶち当たるしか救いの手立てを立てることができない。

私の痛みにもマニュアルがあって、説明書を読みながら順序を守って操作すればすっかり元気になったりしないのかな?どこまで行っても人間だから、そんなにうまく動作を起こすことはできなくて、失敗も成功も、後遺症も、全部の痕が一つ一つこの体には残ってる。

 

あ、本当はそんな話がしたかったんじゃなくて。なんだっけ。あの人との話だ。

元気にしてるかな、お仕事してるかな、お酒を飲んでるかな。彼は賢いから大丈夫って気持ちもどこかにあるんだ。あの人ならきっと大丈夫って気持ちと、本当は些細な事柄でもいいから貴方のヒーローでありたいという気持ちも。楽しいと面白いと愛してるのほかに、ほんの少しの悲しいも欲しい。彼の心の隙間を除いて、運よく滑り込んで満たしてみたいなあ。

美味しいごはんを作ることも、優しい言葉や力になる物事を与えることも、いまの私のスキルでは到底追いつかないことだけど、抱きしめることは出来る。望むなら抱きしめて「疲れたね」って二人で笑いたい。でも、そのタイミングとかそういうのが上手くつかめなくて、遠くから見舞ることしかできない臆病者なんだ。よく遠いなって感じてるけど、本当は自分から遠ざかっているだけなのかもしれない。ねえ、今何してるの