コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

大切なものばかり溢れて、怖い

毎日、毎日、仕事を頑張って、クタクタになってから彼に対して

 

毎日毎日、ずっとずっと、中出ししてよ!って叫んだらわたしはダメだ。好きな人の子供が欲しいなんて、それは独りよがりだ。結婚して!なんて、それはあまりにも残酷な言葉か?

 

子供が欲しいと思うのは、これを理由づけにするのは良くないけど、人間になる前に失ってしまった2つの命に対する惜しい気持ちの表れなのか?

なぜあのとき、わたしは失うことを即決できたのか。失うことなんて何も怖くなかったのに、いまは手放したくないものばかりで心がきゅうきゅうだよ。でも、弱音は

 

弱音は吐かないよ。元気でいるよ。

 

だから私のくだらない姿とか、あんまり上手じゃないご飯も、ちょっと多めにみて笑って欲しい。愛してる人に、ずっと毎日笑ってて欲しあと願ってて、もっとずっと長生きして欲しいって思う。私よりずっと、私が死んでも、ああ疲れた、楽しかったって死んで欲しい。

 

好きなものが多すぎて、ちゃんと守れるか不安だよ。1人じゃ押しつぶされそうな夜に、膝の上にいる灰色の生き物は少し早い鼓動で、互いの温度を共有してるね。

 

これから暖かいお布団に入って、彼にキスして、それから私はまた仕事に行くんだ。明日のために、明日の庭に水を与えようね。

単純明快で意味不明

急にいろんな物事が変わると、臨機応変にできず、心が擦り減る。

誰かの優しさも、快く受け止められなくなるな。

 

私の想いや情熱は、140文字で収まらないほど溢れてる。でも何百という数の文字を書いたところで、見返してみたときに要点だけを掻い摘むと140字にも満たないことはよくある。

肉付けし過ぎた文章の中で、深層心理がどんどん闇にお追いやられるような感覚。

 

心の見栄えばかり整えてると、自分自身でも真実があやふやになって、カスみたいに溜まっていくでしょう。

 

難しい言葉はいらないし、

本当に発信したい言葉

簡単な言葉

それだけで、十分なのに。「意味不明」で完結その言葉の羅列は、自分の中だけで理解を求めてるのかな。

 

自分でさえも分からなくなってるのに、おかしいね。

 

 

今日は寒い、とても冷える。

不必要な苦労

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本当は、リングサイズが7号〜9号くらい、細くて華奢な指になりたかった。指輪を付けても隙間が出来ちゃうくらい、たった不安にさせる繊細な手っていいよね。

 

電車の中では、みんな驚くほど怖い目で他人を睨んでる。自分の親の仇をとってやるみたいな顔して。クタクタの体を引きずって、退勤ラッシュ戦争に勝てるのか?私は勝てないよ〜

 

正直、他人の粗相や人生に興味がない=そんなに好きじゃないってこと。

興味がないって、好きじゃないって証じゃない?

 

誰かの心情や赤裸々な感情も、楽しいイベントだって、すれ違いざまの視界に映るカップルや家族程度の感覚です。

 

私は、自分の幸せと、好きな人々の幸せや怒り・悲しみ・変化に興味津々。それ以外は全部、モブでしかない。

そう言い切れるのは、下手に傷ついたり、無駄な刺激を自分に与えたくないから。いろんな物事に影響を受けすぎるんだ。感受性が豊かなんて、ディスリスペクトでしょ?

 

 

 

都合のいいものだけ取捨選択できない荒波の中で、避けられる障害はすり抜けたい。

 

めんどくさいものは、隠したい

臭いものにだって、蓋したい

好きに嘘は、吐きたくない

 

これらに当てはまるものすべては、結構な量で視界の中に存在してる。ただのノイズとか景色じゃなくて、たまにスッと隙間に入ってくるから油断できない。

 

一層の事捨てる手段が欲しいけど、大人だからいい顔しなきゃいけない時もたくさんあるでしょ?その先にメリットはある?

 

不必要な苦労や景色は、消していいんじゃね?