コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

いろんなところに爪痕残しておこう。そうした方が面白いから。

最後に「しんじゃやだよ」って言葉を聞かせて欲しいわたしのわがままに、誰か気づいて欲しい。わたしの人生の中ではあの子もあの人も、すごく大切だったのは事実だよ。

 

死にたくなってきちゃったから、少し甘えてしまうわたしを許して欲しい。死ぬなよって引きずり戻してよ。もう幸せになれなくていいから、落ちぶれるのは嫌だよ

 

わたしは元気です

死んだら悲しんで、生きてたらダサいねって笑って、うん

思い出

お酒と美味しいご飯でお腹いっぱいになりながら、たくさん笑って終電を迎える総武線に揺られて家路に着く。

なんとなく寂しくて、でも友達や恋人はみんな夢の中だから、知らない人にコールしてみるけど埋まらない穴は大きく膨らみすぎたので、カスカスの声で何かを訴えかけながらこの時間の重みさえ全て脱ぎ捨てる。これが真実なのかさえ区別がつかないくらいにアルコールが体の中に浸透しているみたいだな。やっべ

 

日を増すことに、少しずつ朝日が昇る時間が早くなる。4時にもなれば空はすぐに薄くなりはじめて1日の始まりを告げるよね。7月という夏に一歩だけ足を踏み入れたこの季節はうまく歩けないことも増えてくるんだよ。うだるような暑さに耐えかねて、引きずるように歩き続けてる。体も頭も重くて嫌になっちゃうね。わはは

 

haruka nakamuraの「ベランダにて」を聴きながら、7月の朝を迎えようとしてる。今年も暑い夏がやってきたよ。大丈夫かって自分を気にかけてる。

 

繊細なピアノの音色は耳に焼き付いた記憶を少しずつこじ開けていくし、こんなポエミーなことだって恥ずかしげもなく出てきてしまう。

何もかもが悲しかった夏に、友達の奏でるピアノの音を聴きながら、淡々と順序立てて登って行く太陽を睨みつけてた。そのとき耳にしたメロディーは繊細で悲しくて、いろんな言葉や感情が滝のように流れてきたよ。

 

ふと昔のことを思い出すなんてよくあることだけど、今日は昔話をしよう。だって7月一日の始まりだもの。

初めて男を愛したのは当時15歳の時に、覚えたてのオナニーをフル活用するために利用してた出会い系サイトだった。そのサイトを利用する多くの人間は性欲で全ての物事をまかり通そうとする人間ばかりだったし、きっと私自身もその一人だった。いつしか、えっちな目的と同時に「普通におしゃべりする」相手が欲しくなって、そこで現れたのが彼だった。

多分一番初めに話した時は、わたしが急性胃腸炎で、悶えるような苦しみを味わいながら7時間近く電話をしていた覚えがある。少しチャラい感じの口調で、それでも親みを持った彼の人格に惹かれて毎日のように電話をしたね。

ある日彼が、横浜で行われる「ゴス展」という展示会に行くと言い出した。彼は埼玉に住んでいて、わたしは神奈川に住んでいたから、いい機会だし会おうなんて話になったんだよ。お互いにインターネット上でしか存在を知らないから、嫌われるのが怖くてテレビに出てるブサイクなお笑い芸人で容姿を例えて保険かけてたよね。

初めて会うその日に、わたしは何を着て行くか迷った挙句、休日にかかわらずなぜか中学校の制服を着てキティちゃんのマスクをつけて行った。彼はカフェで秋冬のコレクションに関するファッション誌を不機嫌な顔で読んでたのは今でも鮮明に覚えてる。最初に出会った彼のインパクトは強烈だったな。長くて綺麗な髪の毛に、尖った靴先は反り返っていて、ウォレットチェーンは燻し加工をしてある薔薇のモチーフだった。したり顔をうベルその姿は、当時15歳の私の中で完全に魔界から降りてきた悪魔か何かだった。

カフェで落ち合って、パスタを注文したけど緊張してうまくたべれなかったし、ゴス展までの会場は風邪が強くて今と変わらず前髪の位置をずっと気にしてた。

会場に着くとそこにはGothicの歴史や文化、現代日本で親しまれているゴスロリという文化の表現が多く展示されていた。当時では珍しかったスプリットタンも初めて写真で見たときは息を飲んだよ。あるブースの中では真っ暗な部屋に映し出された大きなディスプレイに皺が刻まれた老人がひたすら点滴で血を抜いている映像作品だった。何も知らない私にとっては全てが瑞々しいと同時に、正直訳のわからない世界でしかなかった。展示ブースを順を追って歩いて行くうちにクライマックスへと近づいて行った。そこには何も知らない私の心を打つ衝撃的な世界が広がっていたんだ。

性転換手術をした自分の正規を惜しげも無く美術作品として表現するアーティスト。その人の名前はピュ〜ぴるって言うの。

多分15年行きてて初めて、人をあんな風に美しいと感じたことはなかったし、今でも彼の与える作品の中で表現されたその四肢や陰部の造形を超える、全ての雰囲気を含めて超えるものはない。とても衝撃的で、すごくドキドキした。ピュ〜ぷるは性同一性障害で、性転換手術を行いながら女性の体へと生まれ変わって行く自分の肉体そのものを自分の感性で表現し続けていた。ゴス展の最後には、彼(いや彼女だね)が作った大きなドレスのオブジェが飾られていて、狭い視野の中でものを見ていた私に、この世の美しさの全てを教えてくれたような気がした。

 

それから7年後、彼と別れてから別の男性と付き合い始め、暮らしを共にするようになった。お金もないまま飛び出してきたから、ご飯を食べるのさえ十分にできない。当時の彼氏に頼ることもできずに援助交際に手を出したんだ。きっと今でいうパパ活なのかな。そこで出会った男性はとても紳士的ないいおじさんで社会で生きる時に必要となる思案や、美味しいもの、魅力的なカルチャーをたくさん教えてくれた。

ある日おじさんは自分の会社で携わったドキュメンタリー映画のDVDをくれたんだ。それが、まさにあの時心を打たれたピュ〜ぴるそのもで、びっくりしたよ。しばらくはパッケージを開封することもできなくて、作品を見た感想を伝えることなくおじさんとはフェードアウトしていったね。

しばらくして一人暮らしをはじめたとき、休日の穏やかな昼間にソフマップで買った中古のパソコンを起動してピュ〜ぴるのドキュメンタリーを読み込んだ。淡々と始まる、まだ彼が男だったころから女性へと変貌し、作品と自分の心とを向き合わせて、ボロボロになりながら進むしかない答えを追い求める姿がそこにはあったよ。8年越しに見た彼の姿は、あの頃と変わらない瑞々しさと、なにかを奮い立たせる魅力があった。いまでもずっとあのドキュメンタリー映画は特別な作品として私の中に刻まれているんだろうな。

 

そろそろ空も明るくなってきたから、寝るね。おやすみ

さようなら

雨だから仕事をずっと休んでいる。エアコンで冷え切った部屋は、あまりにも涼しいね。心が空虚っていうセリフを今までの人生で何通りと吐き出してきたかわからなくて、今日もまた同じようなサイクルを繰り返している。

友達が置いていった剃刀と絆創膏を眺めながら、ここで足踏みしたくないと強く胸に誓っているよ。どんなことがあっても、2度と自分を傷つける運命を選ばないと信じていた。それでいても逃げ場や拠り所、何かに対して脱却しようとする道筋を立てる頭さえ働かないと、目の前にある手軽な物事が届くところにあると、気づいたら手を伸ばしていると同時に気持ちが慄くことの繰り返しだ。

「ああ、あの子はやっぱりダメだった」いつだって浮かぶ言葉はそればかりでしょう。頑張ってたけど心が弱いことに違いはなかったんだね、って頭の中にいる誰かがずっと陰口を叩いてるように聞こえる。友達の心配する声も、誰かの放つ悲しい嘆きも、それら全てがダイレクトに懐へ入ってくるから返す言葉が出てこない。きっと多くの人間は自分が考えているほど残酷なものじゃないし、何事からも芯のある許しを与えてくれると思う。ただ、その優しさにいまは甘んじることができないよ。

 

何日お風呂に入ってないだろう、何日歯磨きをしてなくて、鏡で自分を見ることなく生きてると思う?蒸し暑い日々はエアコンをつけても、体はベタベタして鬱陶しさが拭えない。体の匂いも何もかも、悲しいはずなのにお風呂に入らない。それでもしっかり取りすぎた栄養を無心になって吸収してる。朝起きれば体も顔も浮腫んで思い鎖をぶら下げてるみたい。

誰かに何か話して救われたいって思うのに、その矛先は知りもしない人間ばかりだから心を委ねきれずに消化不良でショートしてしちゃうよ。

 

どこかでずっと守ってきた自分のルールは、いつも簡単に壊れるね。それを壊してるものが何であるか、自分自身なのかわからない。

どうしたら幸せなのか正解なのか全部わかってるはずなのに、どうして正規ルートを辿ることができないんだろう。多分その方が楽であり、手っ取り早く、落ち込むよりもずっと気持ちよくなれて、何事も支障なく進むはずなんだ。朝は早起きして簡単に化粧をし、仕事に行き、退勤後には疲れた心と体を自宅で癒す。それだけのサイクルがどれほど幸福なことか知っている?好きな仕事も、それなりに気に入った家も、全てが自分の範疇と責任でうごめいていて。自分の生活でさえ、責任を取りきれないのだろう。

 

いろんな人には仕事もプライベートもうまくいかないよって嘆いてるけど、本当は全部些細な支障の積み重ねでしかない。自分の中でも物事を大きくしているだけであって、ざっくりと振り分けた時に残った不安の材料は些細な物事の積み重ねばかりだ。恋人との関係が悪いわけじゃないし、仕事においても耐えることのできる言葉の暴力はいくつだってある。きっと多くの人々はそれを何食わぬ顔でこなしている。「人は人だよ」って言う言葉は嘘も同然だ。そんな慰めの言葉や自分に対する「許し」だけが全てを救うほど人間にゆとりはないからね。ある程度のルールの中で身を浸していることこそが、とても生きやすい環境だと感じる時もある。だからこそ多くの他人が当たり前に歩むレールの上を、苦虫噛み潰しながら眺めて自分を奮い立たせる時も必要。もしも自分を許してしまったら、2度と後戻りできない恐怖があるよ。許し方も心の休め方も知らないから、それさえも自分のキャパを超えて爆発する。

 

どうして人間は頭でわかってることを思い通りに遂行する器用さに欠けてしまうのかな。元気な人はどうして元気なのかな。あの人は自分のキャパを超えた時に、超人の動画を見る(自分が触れてる世界とあまりにもかけ離れたものに触れる)と邪念もなく純粋に「すごい」って感想が出てくるからよく見てるって言ってた。シンプルなことで救われる人も、自分の中で知っている歪んだ文化に身を委ねてはけ口にする人間も、人それぞれだ。

だって最初からリストカットや薬を飲むという手段も、ODと言う言葉さえも耳に届いていなかったら今の現状は少し変わっていたんじゃないかな。選択肢がなければきっと、そのほかの手段で脱却する頭を使う。私たちはどうして悲しい文化ばかり手に入れてしまったのだろうか。悲しい選択肢を知りすぎて、落ち込んだ時に有り余る不安の富が目の前を過ることにより、いつでも手を差し伸べられる状況なんだ。

きっと多くの選択肢を持っていても、それらに従じることなく強く生きる人々もいる。でもね本当は誰しも簡単に受け入れる準備が整っているんじゃないかな。悲しい選択を手にする術をね。それは石ころに躓いて転んじゃうような感覚と同じで、予測のつかない踏み外しをしてしまうことは誰でもある。応急処置が必要で、それは傷を癒す目的というよりも、鎮痛剤的な役割なのかな。

ある時ふと転んで痛みを負った時、小さな傷でも人より痛みの衝撃が大きいから鎮痛剤が必要になる。多分それが薬とかリストカットとか、そういった歪んでいる物事への適切な表現のひとつなのかなって思うんだ。でも転ばないように歩く努力はできるのにね 笑

 

私はもう25歳になるんだ。だからそろそろ、音楽と酒と薬と剃刀が安心を与えてくれるっていう幻想に身を浸してられるほど、可愛い年齢じゃなくなってきた。アーティスティックなかっこいい才能もないから正規ルートで生きていくしかないんだよね。だから普通の会社に入って仕事をして、転職とか結婚のことを頭の片隅に入れながら生きてる。そう言うサイクルの中に自分なりの生産性を生み出して日々を費やしてる。真面目に誠実に生きてる。だからここで、腕を切ったり薬を飲んで楽しくなるのはダサいんだよね。ジャンキーもメンヘラも自分目に映る社会や文化の中では、正しくなくて間違ってる材料でしかない。

それを虫の息で感じてるなら、また歩き出せるから大丈夫だと思う。だからメンヘラもジャンキーもちんこもしばらく距離を置いて生きるよ。さよなら