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コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

古臭い記憶

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ゴールデンな毎日も明日で終わりだ。わたくさん食べて、好きな人に会って、お小遣いを一万円もらって、生きたい場所に行って。失敗も成功もすべてを楽しめる大型連休だった。

去年の今頃はこんな風に大型連休を楽しめなかった。大型連休なんてものは、概念でしかなくて、古着屋で働く身だった頃は祝日・休日はかき入れ時の繁忙期だからね。せっせと働きながら休日を楽しむ人々を恨めしく横目に眺めていたよ。いまはこうして社会人の一員として、小さな企業に勤めて暦通りのお休みをもらっている。私はここに立つことができてよかった。

幸福だと感じる日は常々むかしのことを思い出す週案が身についていて、自分はあの頃どんな風に息していたのだろうか?と日記を読み返す。去年の今頃は悲しみに満ち溢れていたな。空虚な感情が満たされることなく、ずぶずぶの重たい心を危うい足取りで持ち歩いて生きてた。「あんまり生きていたくない」をどこかで大事に育てていたよ。その気持ちに負荷が掛かり、気づけば深夜の道路のうえで腕を切り刻み泣き叫んでいたような記憶があるし、日記にもそう綴られている。いつの間にか色んなことが終わって、始まっていく毎日だったな。「生きる」という当たり前のことを疎かにするあまり、大切なものさえ、なに一つ守れなかった。あの頃を思うと未だに胸が苦しくなるよ。

そう、わたしはいま嫌というほど地に足付けて生きている。まだどこかで「死んでしまいたい」という感情は密かに丁寧に息をしているかもしれないけど、深い眠りについて目は覚まさない。

 

父と弟とドライブに出かけた際、地元の海を車でドライブした。その時、見た景色や眺めた光景は再び過去の記憶を呼び起こす。夏の暑い日に、当時仲良くしていた男の子と海沿いのラブホテルに宿泊したオモイデがある。夜中に二人で浜辺まで歩き、波の高い潮の満ち引きに飲み込まれそうな恐怖を感じながら二人でぼーっとして。あの子は元気だろうか?最後の最期は捨て台詞のように「君のことなんて好きじゃなかった」と言われて終わった関係。

去年の記憶や経過した時間は、まだ鮮明なものだけど、いつの間にか記憶は霞んで古臭くなっていくんだろうな。あの時の感覚も、気持ちも、少しずつ過去のものとなって忘れていってしまう。きっとそれでいい。私たちはいつも今を生きていて、新しい時間を重ねていくごとに更新されていってるのだから。

 

様々な思い出によってわたしという人間は構築されている。その一つ一つはとても残酷で、ちっぽけで、幸せな尊い記憶の一部だ。思い出すべきでない記憶は、少しずつ消化されて掘り起こされることなく古い記憶として化石化していく。大切な思い出はいつでも傍に置いて、手の届くところに摘まみたいデザートみたいな感覚で生き続ける。

どんな思いでもいつかは新しい記憶の中で風化していくんだ。ちゃんと物事は終わっていくんだね。ありがとう