長いようで短い、夜の足踏み
鳴り響くEDM。見知った顔に、薄暗い店内、タバコの匂いと女の子たちの賑やかな笑い声が聞こえてくる。
真っ黒いレースのドレスに身を包み、濃いめの赤を唇に乗せて気持ちを引き締めてお客さんの座るテーブルに向かう。
「しほです。よろしくお願いします」
未だにうまくできない作り笑いを浮かべながら、握手をして男性客の隣に腰をかける。並べられたグラスを手に取り、氷をコップいっぱい詰め込んでから安い焼酎を注ぐ。最初は加減を見て少し薄めに。ウーロン茶か水で割り、黒いマドラーで優しくかき混ぜる。
懐かしいな、懐かしいなんておかしい。ついこの間まではこのまずい焼酎をお客さんに悪化させられて、悪酔いしてしまい、お気に入りのドレスは嘔吐物まみれになってトイレに閉じこもっていたのに。
「何歳なの?若いな?彼氏いるの?」
お決まりのセリフが飛び交う。少し切ない顔を作って『彼氏いないんですよ』と嘘をつくわたしはどこにもいない。
「23歳なんですよ。彼氏いますよ。えへへ」
きっと最後までわたしはキャバ嬢という仕事に、心も体も身を浸すことはできなかった。
《お客さんと恋愛するのが仕事》
気持ちは器用に身動きを取ることが出来ず、すぐに放り出してしまえるように心の逃げ道を作っていた。やっぱり嘘をつくのは得意じゃなかた、真実という安心の元でしかうまく呼吸をすることが出来ない。
綺麗なドレス、綺麗な女の子、華やかな世界、賑やかな店内の中でみんな笑っている。あまりにも不自然すぎるくらいに。
女の子とお酒と煙草と、くたびれたスーツと汚れた作業着。
相反する生き物たちが色んなものを肉付けされて、ひとつの世界が創り上げられていく。
ホストに狂う大学生、シングルマザーで子育てに励むギャル、学費を稼ぐ女子大生、腕を傷つけて薬を飲みながら働くメンヘラ、借金返済のために仕事をする女の子、
それぞれの人生が右往左往する世界。
「あの子好きじゃない。あの子って性格が悪いよね。あの子と仲良くしないほうがいいよ。あの子は挨拶しないから嫌い。」
口を開けば毒が淀みなく溢れてくる。
美しく創り上げられた顔と、綺麗な衣装に身を包めばそこは戦場だ。殺し合いが始まる。戦わなければ絶対に勝つことは出来ない。己という武器を振りかざして立ち向かう勇敢なジャンヌダルクたち。
勇ましいその姿に魅せられた男は、金という武器で女たちを殺していく。
争い事は苦手なんだ。すぐに白旗を上げてしまうタチでね。
きっと私の性分には合わなかったんだろうと思うし、それで良かった。人間の欲を引っ掻き回す争いの中で、もがいているうちに底無しの沼にハマってしまうほど恐ろしいことはない。
高いヒールを履くその足は、地に足が着いてないみたいでとても不安定で仕方がない。
私は地に足をつけて生きて生きたい。
自分の足で地面の感触を味わって、しっかりと歩き続けていたい。気取らない足取りで、いつでも全速力で走りたいんだ。
私が知る由もない世界がそこには広がっていて。初めてみる景色、出会うことがなかったであろう人々。
果たして其れがプラスに繋がるであろうかは未来でしか答え合わせは出来ない。
長いようで短いその時間の中で、どれだけの多くのことを経験し、どれだけのことを吸収することが出来たであろうか。その値は未知数でしかない。
「いい社会勉強になったよ」と言えるのはきっと今じゃないし、ずっと先の未来で結果を残してから言うセリフだと思う。
だから、いま言える
クソみたいな世界から足を洗えて良かった。