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コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

枕を濡らす

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彼はそう言った。

 

勢いあまって飛び出した私の足は小田急線の新宿方面へと乗り込む。彼のもとへ到着するのは23時を回ったころ。真夜中の小田急線はのんびり新宿へと私の足を運ぶ。二か月ぶりの彼との再会。

突然飛び出したその身体は身だしなみもまともではなくて、汗だくになりながら山手線への乗り換えを走る。綺麗に整えられた化粧も髪の毛もすべて台無しになるくらいに何もかもが崩れ足取りはおぼつかない。それでも私はあの電車に乗って彼のもとへと走り出す。「さみしい」と嘆いたその言葉ひとつで身体は東京へと向かう。

 

「自転車置き場で自転車を探しておいて」というのが待ち合わせの合図。いつものあの場所。彼がプレゼントしてくれた自転車を取りに行く。

待ち時間はとても長い。何時其処に訪れてしまうのか、永遠に現てほしくないという不思議な気持ちを抑えて待ち遠しさが抑えきれない。いつもやることのないポケモンなどを開いて気を紛らわしながら待ち遠しい気持ちをなんてことのないようなものにするために。

ふと後ろから足音が近づいてくる。後ろを振り向くと、其処にには彼が立っていた。身長の高いその姿は、上を見上げる勇気さえなくて「久しぶり」と少し視線を足元に向けて。にっこりと笑う彼は「鍵がほしい?」とポケットの中から鍵を取り出すふりをしていつものようにジャラジャラと沢山詰め込まれた小銭を掌に置く。「足りないな~」などと茶番を繰り返しながら、繋がった時間がそこに折りなされていく。

二か月という時間の隙間など存在しなかったかのように、再び私たちの時間が少しずつ繋がっていく。

 

身体をぶつけ合いながら二人で夏の夜を歩く。初めて過ごす夏。スターウォーズのキャラクターがプリントされたTシャツからは白く華奢な腕が伸びるて、細い脚を包むスキニーデニム。

少し遠回りをして、自転車に互いの荷物を詰め込んで歩く。

家が近くなるたびに人気も少なくなって、ぶつかり合う肩と肩が胸を膨らませる。長く白いその首、見慣れた頬の黒子も、滑らかな肌も確実に私の隣にある。悪戯っ子のように耳を食べられて撃沈。何もかもが夢のようで心が砕け散ってもう二度と再生できないみたいに。彼の些細な悪戯さえもすべて脳のどこかの機能を狂わす。

 

互いに服をすべてはぎ取って布団に包み込まれる。いい匂いのする彼の寝具。髪の毛からは懐かしいシャンプーの匂いが香ってくる。滑らかな肌。美しい彼の曲線美が心をそそる。触れたら壊れてしまいそうな尊い美しさがそこにはあって、おこがましさから少し距離を取りながら。「抱きしめてくれないの?」と囁く言葉で貯め込んでいたものが一気に放出されるように彼を抱きしめる。優しいキスに柔らかい唇。多幸感が私の中のすべてを巡る。

 

 

辛かった日々、忘れられなかった思い出、よぎる体温、すべてのものが私のもとから再び始まっていく。同じ過ちを二度と繰り返すことのないように。一つ一つを丁寧に、忘れないように消化していこう。

最後に渡された部屋のキーと共に私は東京から鎌倉へと帰る。身体にはまだ彼の香りが残っていて、とても心地がいい。まだ彼が取り巻かれているようで。

ゆっくりと話合いをして「もう怒ってないよ」と彼は優しく私をなだめてくれて。互いに傷付いた心も。二か月間の空白も、隙間も、少しずつ埋められていくように。固まった何かは彼の優しさで少しずつ溶かされていった。

 

 

日々は瑞々しい。今日も私は生きる。