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コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

とても長い、です。日記

私の恋人は月に一度夜勤があるのだ。
その日はどうしたって一人の夜を過ごさなければいけない。何時だって良い匂いのする、優しかったり不機嫌だったり様々な色を見せる、白くて骨っぽくて滑らかな肌触りの生き物は隣にいない。

昨晩、恋人は夜勤だった為に一人で眠る夜が来てしまった。心細くて、どうにも退屈だった。テレビを付けてみても内容は全く頭の中に刷り込まれていかない。部屋を真っ暗にして室内でダッフルコートを着込み足元の電気ヒーターを付ける。顔が熱くなって頬が火照り、きっと自分の顔を鏡で覗いてみれば頬がピンク色になっているに違いない。
どうしたって彼は其処はいない。

堪らなく苦しくなって布団に潜り込んでみた。
「人の温もりとは残酷だ!」と怒りを口に出してみても、その矛先は何処にも形を表すことなく煙のように空気中に舞って消えていくように感情は衰退していく。
だって、どうしたって人の温もりは残酷なのは事実なのに腹を立てたところで黙々と曖昧に消失していってしまう。途方に暮れた顔でそれを眺める。「孤独だな」っていう具合に。

眠れなかったんだ。本当に一睡も。どうして?
だって毎晩ほんとうに続いていた温もりが途端に消えて、毎日起きていた現象が途端に鳴り止んだら!スヌーピーに出てくるライナスから毛布を取り上げたら(安心毛布)、誰だって眠れなくなるだろう。安心を取り上げられた!(誰に)

抱きしめたり、お互いに背を向けたり、それぞれが一番寝やすい姿勢に行き着く前にワンクッション挟まれるいつものお約束。彼の腕が私の頭の下を通り抜けて向いあったり、時には私が背を向けてそれを包み込むように彼が後ろから抱きしめてきたり。(ある時は縋るように)
そうやってひと段落を終えて、互いが眠りやすいように体をゆっくりと離していく。朝を迎えるとそれぞれの時間が動き出して「いってらっしゃい」「いってきます」ってお互いを見送る。(キスをする!)

ほとんど一睡も出来ずに目が覚めて、今日の任務を遂行しようと気怠い体と頭を無理やり叩きおこす。

(中略)

仕事を終えた彼を駅まで迎えに行く。
「口になんかついてるよ」
ぼーっと何も考えずにふらっと立ち寄ったコンビニで食べた菓子パンのカスが口に不時着していたらしい。とても恥ずかしくて、みっともなくて、20時間近くぶりに彼と会えた感動さえも一掃させるほどに。
レンタルDVDショップを2人で眺めた。それはどれくらいの時間であったか。永遠のような一瞬のような、見知りの映画のパッケージを目に留めると頭の中に洪水のように活気ある水飛沫がなだれ込んできて、何かが漲る感覚と同時に頬が緩む。きっと一人で微笑んでいた。素敵な作品は思い返すだけで心の活気を駆り立て笑みさえ溢れる。に浸っていると、蟹歩きをしながらコツンとぶつかってくる彼が隣にいて。

どんな顔をして彼と話せばいいの?正直に分からなかった。
可笑しな話かもしれないが、三ヶ月以上も同じ屋根の下で身体を沿わせて暮らしを共にし、互いの極限に無意識な状態と何度も顔合わせしながら私生活の隅から隅までシェアしている(少し気持ち悪い物言い)ような生活を送る最中。たったの二十時間近く全く別の環境下で時間を過ごしていただけで、きっと多分少しだけ人見知りをしてしまったような感覚に陥った。
離れている間に、己の心の中で勝手に生まれた彼という虚像が一人歩きをし、実像に対面した時の実践スキルが一時だけゼロになってしまったような気に陥って。

テクテクと最寄駅周辺の商店街という風貌を思わせるような、個人経営の店が軒を連ねる道を歩いた。摩訶不思議なリサイクルショップが、いかにも胡散臭そうなネオンを発光させた看板を掲げている。
「こういうところ、好きなんだ」
ヒョロヒョロと店内に吸い込まれていく彼。同じようにして彼の後をついて行く。店内には様々な雑貨屋やらガラクタやらが形見を寄せ合って並んでいた。目に飛び込んでくる世界にはいろんな色と様々な用途の雑貨が飛び込んできて、一度に頭の情報処理能力が追いつけない。遊園地に来ると様々なアトラクションや色を目にしてワクワクしてるんだけど、一つ一つを捉えることが出来ずに視界のみに沢山の其れ等を捉えて頭が欲張ってしまったような満足感だったり、それに近い感覚に襲われる。

摩訶不思議なリサイクルショップの表には求人の広告が手書きで雑多に記されており「私はここで働こう!」という約束を彼として店を出た。時給は1000円だ。

しばらく歩いた。何処へ行こう、何を食べよう、おトイレに行きたい、ここのお店は以前から目をつけていた場所だね?ここのバーの店員は感じが悪かったね?
など、歩けど歩けど二人が三ヶ月の間に刻んできた時間の節々の情景を思い起こさせ、ポツリポツリと言葉をかわす。(すこぶる楽しい)

歩いては歩いては、焼き鳥を一本ずつ買って食べ歩きをし、「食べ歩きは楽しくて美味しい!」という答えが出る。
てくてくと、お腹が空いたのでロースカツ定食500円を食べた。白飯の量が多く少し残してしまったり、お味噌汁の蓋が開かずに手こずったり。


そうそう。今日の一番素敵な収穫は古本屋さんで出会った特別な香りだ。
ふと店外に文庫本が90円で売り出されており、彼とジロジロ眺めていた。暫く悩み「早く決めなさい」と急かされたので中島らもの子供の一生を手に取った。「買ってくるよ」と彼が店内に入っていったので、とことこついて行く。
そこにはとても言葉ではうまく言い表せないけど、言い表さないと何処かに消えてしまいそうな尊くて懐かしい心を落ち着かせる匂いが漂っていた。沢山の空気を吸ってはいけない。嗅ぐようにしていけない。意識を集中させることなく、ただそこに立ち並ぶ文庫本を並べながら自然に嗅覚を刺激し、脳内まで到達した時には何もかもがその世界に浸しこまれてしまうような。お汁たっぷりの古本屋さんの中に高野豆腐として飛び込んで、我が物顔で最初からそこにあって大正解ですよ!という気持ちで全ての汁を吸い上げるような(きっと全然訳がわからない)


もっときっと多くの特別なことや素敵なことはあって、全部全てを書き記したかったけど、疲れたのでもうやめた。

本屋さんの匂い。彼が隣を歩いている様。共に本を読んだり、彼の買ってきた本に手を伸ばしたり、読書をする姿をとんかつ屋さんでロースカツ定食を食べながら眺めたり。

きっとそういう簡単でシンプルなことなんだけど、すごいたくさんいい出会いがある1日でした。