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コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

思い出 今 幸福

ユーチューブの広告動画で姉妹のショートムービーが流れた。

夏祭りから帰ってきた妹。「ねぇ、見てみて姉ちゃん」「あ、一匹も釣れなかったんでしょ」この会話から妹の昔話に花が咲く。

「金魚どうしよう?金魚鉢ある?」二人で押し入れの中を探してもても金魚鉢は見つからない。おもむろに姉が取り出した容器はミキサー。そこに金魚を入れる。

 

ミキサーに入れられた金魚。それは行定勲監督の初期作品。「贅沢な骨」でのワンシーンに登場する。金魚をミキサーに入れる。

「喉に骨が引っ掛かった」『鰻の骨』贅沢な骨ってね。主人公の女は最後に死ぬ。映画の内容はよく覚えていない。あの晩は確か、ずっとじゃれ合っていた。「行定監督のmこういうセンスがすごく好きなんだ」彼が金魚鉢のシーンで言っていた言葉。確か、その後はセックスをしたり、仕事をする真剣な彼の顔に目がつられて映画のことなんてよく覚えてなんていやしない。きっと向こうはそんなことさえ覚えてやいやしない。

 

初めて彼の家に遊びに行ったとき。緊張のあまり、部屋の入口の床でひたすら正座をしながら顔を覆った。「どうして入ってこないの?」少し苦笑いの彼。「そんなところに居たら、自分の家なのに落ちかないな」と笑った。

ギターを教えてくれた。後ろに回って、私の手を触る。緊張のあまり手汗が止まらず、教わった事柄などろくすっぽ頭の中に入ってこなくて。

映画を見せてくれた。最初に観た映画はきっと岩井俊二監督の「ピクニック」一目見て、その先入観から好きな映画だと確信した。しばらくは静かに眺めていたものの、次第に彼はふざけ始めて、私が履いていたパンツの模様だった黒い斑点を摘まんで食べる仕草を始めた。面白くておかしくて、ふたりで笑い転げた。

しばらくして彼は、身体を横に倒して横に来てと言い始めた。最初は躊躇しつつも言葉に従うように添い寝をした。抱きしめられて、少しずつエスカレートしていき、いつの間にか彼の上に自分の上体が重なり息を荒げてキスをした。「やめようか…」と彼が言いかけた言葉をかき消すように、事は赴くままに流れて行ってしまって。「好き」という言葉の反動に、打って返すように「好き」という言葉が漏れる。もうそこには真実の不透明さなど拭い去られてしまうように時間が流れた。

少し恥ずかさを残しながらも二人して、下半身は何も身に付けづ、正座して向き合った。頭の中ではひたすらに悲しみが押し寄せて仕方がなかったのを今でも覚えている。(こうして私たちはセックスをして、お別れをするだろうと。セックスをしてしまったことによって、笑い転げたあの時間はもう2度と戻ってくることはなくて、「好き」と言い離れた言葉さえ記憶の片隅に追いやられて、何もかも絶望の中)「あの…」と彼が口を開いた。「お付き合いしませんか?」何が起こっているのか分からなかった。どんな言葉を返したかなんて、そんなことさえ覚えちゃいない。だけど、きっと「え?」とは言ってみたと思う。「いや、好きって言ったから」いやいや、好きって言ったから付き合おうってなんだよおかしいだろ?と心の中で少し疑問に思いながらも。「きっとお互いにプライドがめちゃくちゃに高いんだと思う」と照れ隠しに言い放った彼は、汗まみれに鬱陶しさを感じてシャワールームに姿を消した。

一人残された私は何を考えていただろうか。きっと、付き合おうと言われた喜びと疑問と、様々な感情がひしめいて。

それからは何か打ち解けたように、私の身体を包み込んでぴったりと沿うように座って映画を見た。まだ恥ずかしさは抜けない。こんなにも幸せなことがあっていいのか?と自分の心を問いただしながら、多幸感が自分に染み渡っていく。背中に指で描かれた、「どうせい」という文字。あまりにも気が早すぎて驚いて何も言えなかった。

「今日は泊まっていかない?」「はい」

ご飯を食べる時もひたすらに緊張が抜けずに、彼がからかうように隣にぴったりと座って、うまくご飯を食べられない私を笑った。遅くまでいろんな映画を見て、眠りについた。

次の日、彼はスーツに身を包んで仕事に向かう。私は鎌倉に帰る。にこにこしながら、「好きだよ」と言ってスーツで抱きしめてくれた。頭がおかしくなるくらいに幸せでどうしたらいいのかわからなかったけど、どうもしなくていいんだと思う。今となっては

帰りの電車の中で「これから先どうなるかは分からないけど、よろしくね。今度は鎌倉に遊びに行くね」との連絡をもらった。

 

いま思い出しても、それは名残惜しい思い出でも、輝かしい過去でもなくて、幸せという形で現在進行形で残っている。彼と私はいま恋人同士ではないけれど、瑞々しいあの日々は幸せの象徴だ。

 

それからも沢山のことがあった。付き合い始めてすぐに、彼がお母さんと話をしたいといい始めて、横浜で母と彼が喫茶店でお茶をしたり。

自殺未遂をして措置入院をしたとき、遥々東京から横須賀の病院に仕事がてら合間をみてお見舞いにきてくれた。切ない表情を浮かべて「ここに入院してたら、ちゅーもぎゅーも出来ないじゃない。早く元気になって退院してよ」と言った彼の言葉。音楽が聞けない環境で、二人で聞いたシガーロス

実家に遊びに来てはみんなでご飯を食べてお酒を飲んだり。弟と彼と私でバイオハザードをしたり。彼の家にも何度も泊まりに行ったね。新しい年を迎えた朝は、彼が隣ですやすやと寝息を立てていた。

 

戻りたいとは思わない。惜しいとは思わない。それでも互いに前進しながら、いろんなことをいつか、少しずつ忘れていく。新しい素敵な人に出会って塗り潰されてしまうかもしれない。そうだとしてもいまは、深く私の時間に幸福として生きてる。思い起こしても本当に嬉しくて、幸せで、沢山笑ってしまった。