読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コインランドリー

ありふれたような、日常の流れです。

色々と気持ちがむちゃくちゃする。人の優しさも、素直さも、誰かの性質も許せない夜があるんだよね。優しくならない夜が。最初から優しくなんかないのに。

 

どこの誰に呟くわけでもないのに、私の言葉が誰かに届いて冷やかされたり、馬鹿にされたりすると、そんなのもう何億回だってぶつけられてるし慣れてるはずなのに許せない時がある。

それでもなお、誰かに自分の主張を聞いて欲しい時があるから一人でそっと話し続けら。もうあの頃みたいに一生懸命に私の話を聞いてくれる人はいないんだ。

 

誰かに必死に何かを訴えかけても、どこかで「この人は上の空なんだ」って気持ちになる。

お父さんの説教を聞いてるみたいな、お母さんが酔っ払った時の愚痴を聞いてるみたいな鬱陶しさを抱えながら耳を傾けてるフリをしてて。本当は私の言葉なんて誰にも届いてないんじゃないのかなあって思う。

 

お父さんは酔っ払うとよく「俺は子供を大事に思ってるんだ」って言う。きっと本当に大事に思ってくれると同時に、とても不器用で、いつも嫌われることを恐れてるんだなって感じる。「家族は誰も俺のことを好きじゃない」ってセリフの裏側には一番大切にされたいって気持ちが嫌ほど伝わって来る。

お母さんはぶっきらぼうで、サバサバしてるけど、本当に大事な時は火事場の馬鹿力を出してくれるような人で。優しくはないけど、本当に嫌なことはしない。お父さんは優しいけど、嫌とか嫌じゃないのラインを抑えられない。お互いの悪いところもいいところも、全部背負って大人になってこれましたか?

 

 

 

最近読んでる漫画は大人の恋愛漫画で、こんなもん糞食らえって毛嫌いしてたのに、意外と読んでみると面白くて。

働く人にとって「都合のいい人間」がいい男やいい女であるなら、私はどうなんだろう。でも、いい女でも悪い女でも、どっちに転んでも幸せじゃないな。歩み寄る余裕がないぶん、都合のいいポジションに置いておく手納具合が丁度いいと言える女になりたかった。

 

まだまだ私は若いけど、それでも24歳の私は今年25を迎えるから、もう少し賢く人を騙したり、楽しませたり楽しんだらして人生をのらりくらりと生きていくべきなのかな。

  

 

 

「お前はずっと悲しかったけど、最近楽しそうでよかったよ」と言われたんだけどさ。私は本当にずっと悲しくて今は本当に楽しそうなのかな?と疑問に思っけど、あんまり考えてもいいことはないから、明日も電車に乗ることと仕事をすることを頑張ろう。

 

 

人と暮らすとか、人と住むって多分ものすごく大変なことなんだろうな。私はよくそれを今までしてきたものだ。

 

自分の中での決まったリズムがあってそれを狂わされると全部がダメになる。自分の中で作ったローテションや決められた完璧を少しでも乱されると何もできなくなる。柔軟性はないし、どこへでも生きていけない。決まったそれらが揃ってないと、それらが少しでも狂うと何もかも放棄したくなる。

今日はちゃんと仕事に行ったから偉いけど、月曜日なのに身体がくたくた。慣れないことはするもんじゃない。これからは反省してちゃんと計画性を持って行動しよう。私が立ってる場所はもうそこじゃない。

 

誰かと比べられたり、優劣をつけられたら、自分がダメなことや当たってることを必要以上に突きつけられるのは苦しい。私なりに自分の満足いくようにやってるのにそれがダメみたいな言い方されると、何も言えないし。嘘もたくさんつかなくちゃいけない。誰かに褒めてもらいたいわけでも、認めてもらいたいわけでもないけどほっといて欲しいんだよね。

私は私の好きな世界とか、好きなものがあって、そういうのって人それぞれ違うんだから。そっとしておいて欲しい。

好きじゃないものを好きじゃないって言いたいし、好きなものは好きって言いたい。それなのにいろいろ我慢しないと成り立たないことたくさんあるから、おかしいよね。仕事じゃないのに、まるで仕事してるみたい。誰かのご機嫌をとるために生きてるわけじゃないのに、もっと報われたいな。疲れたな。

すごく怖い思いをした。反射的に体が動いて、呼吸が早まりいろんなことが真っ白になって。頭の中で繰り返される恐ろしい出来事が自分を蝕んだ。人が近くに居るだけで恐ろしくて、誰にも触れられたくない。

 

目もよく見えない、心臓のドキドキがずっと耳を打つ。安心を求めてるのにどこにもなくて、恐怖と嫌悪感と、拍車をかけるように自分自身の存在も疎ましく思う。

優しく介護され駆け込んだ電車内のトイレの中でひたすら蹲ってた。外に出ることができなかった。おじさんがポツリと「甘えられるときは、甘えなさい」と優しい声をかけてくれた。無理をすれば余計に酷くなるんだから、今は自分の身を案じてと優しく背中をさすってくれるおばさん。他人の優しさに触れた瞬間だ。

 

あの頃のように、また残り続けるのだろうか。似たような状況や人を見るたびに脳裏に焼き付いた記憶が蘇るのだろうか。

 

人は本当に何かを恐れたり、怯えたり、反射的に自分を守るための機能が備わって居るんだね。私は神経が細いから、ダメなことばかり。些細な衝撃が大きな恐怖に変わる。大丈夫と念を押しても、膨らみ上がるものは止められないから。

 

ダメだ。